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同志社大学を中心に活動する学生劇団、演劇集団Qの日記
5週目!
2010年11月30日 (火) | 編集 |
こんばんは、江頭さんにかわってブログを回すことになりました。岩村です。

気がつけばいつの間にかもう5週目に入ってしまいました。月日がたつのは早いものです。

昨日は4週目の通しでした。 多くの方に見に来ていただいて、たくさんのご指摘をいただきました。忙しい中本当にありがとうございました。おかげで自分の課題が明確にわかりました。

今回の通しで1番悔しかったことはせっかく演出さんにQ練でつけてもらった動作が抜け落ちていたことです。今後の稽古では演出さんの苦労を水の泡にしないようにレパと一緒に叩き込みたいと思います。

稽古場の雰囲気は非常に楽しいです。時には興奮しすぎて血圧があがり、帰りの電車の中でぐったりする日もありますがそれでも毎日稽古場に行くのが楽しみです。ニコニコ動画が唯一の楽しみだった春学期の僕からは全く想像ができなかったことです。

公演までの残りの日々も楽しく過ごせたらいいなと思っています。

季節はずれで突然ですが昨晩の午前4時に目が覚めて、寝付けないまま思い出した背筋がゾクッっとする話をします。

これは僕の高校時代の同級生の知り合いの女子大生Aさんについての話です。(僕からすれば赤の他人です。)

Aさんは私立大学に通うため、下宿していました。彼女の部屋は物が多く、おまけに収納スペースが少なく整理整頓も得意ではなかったのでとても散らかっていました。

ある日テーブルの上でご飯を食べていたAさんは、見慣れない1本のビデオテープが置いてあることに気付きました。内容が気になったAさんはすぐに家のビデオデッキで見ようとしましたが、壊れていて見ることができませんでした。

そこでAさんはサークルの仲間に事情を話し、一緒にボックスでそのビデオを見ることになりました。


ビデオを再生すると、全身白タイツをきて仮面をかぶった人が体をクネクネさせながらヘンテコな踊りを踊っている映像が流れました。サークル仲間たちはそれを見て笑っていましたが、Aさんはわっと泣きだしてしまいました。
友人がどうかしたのかきいてもAさんは泣きじゃくるばかりで理由を話してくれませんでした。


それもそのはずです。



「その人が踊っていた場所は、Aさんの見慣れた雑然とした自分の部屋だったのですから。そしてその奥にはベットでスヤスヤ眠っている自分の寝顔が映っていたのですから。」


皆さん戸締りには気をつけましょう。

次は千晶ちゃんにお願いしたいと思います。





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とろ
2010年11月23日 (火) | 編集 |

ブログリレー・・・ね。鈍足でごめんなさい。そのうえ鈍舌だしね。シビアですね。かきうちです。遅くなった代わりにいっぱい書きます。代わりに?はい。

三週目通しおわりましたー
来ていただいたまなえさん、ありがとうございました!アドバイスもたくさんいただきました。がんばりましょう。はい。がんばります。

ところで昨日の晩、ボックスで演出のまつーだとレパを弄くりまわしてたんですが、なんかよくわかんない紆余曲折を経て、ていうか二人で怖い話とかをしはじめて、午前三時頃からすごいホラーな雰囲気になったんですよ。隣の部屋ではうちいりから帰ってきた三劇さんの面々がすやすや寝ておられるっぽい気配がしてるのに、わたしたちは外の小さな物音一つにすらギャアと飛び上がる始末。特に三劇さんの目覚まし時計の音には本気で恐怖を感じておびえたおしました。
でも、だからなんなの?って話ですよね。別になんでもないんです。ただ、あの、こわかったんです。この文章ではあの恐怖の百分の一も伝わらないのですが。っていうかなんか、すごく、よくわかんないですね。で、朝から302を15分くらい掃除して、なんか、いろいろ、してました。

もうお分かりだとおもうんです。けど、すごく、ねむいんです、で、なにかいているのかよくわからないです。ただ、レパがいろいろ変わりました。すごいレベルアップを見せてます。でも、演技も、すごいむつかしいくなってまう。がんばるしかないですね。必死こいてやります。それで、この前、七人の侍を久々にみたので、その槍を取れ!と叫んで抜刀したい気分です。

最近おもしろい映画にいっぱい出会ってるので、たのしいです。夜道で渾身のものまねをみせてくれた人がいるので、次はハムなぷトラみます。すごいつぼでした。今週の終わりには公演参加者で演劇みに行くのです。たのしみです。みんな、なかよくたのしくやっています。それが一番たのしいです。

そろそろみんな、たいへんになってきますね。髪でも切って、がんばりたいです。あ、そうだ!今日江頭さんにあったんです。うれしかったです。にこにこしちゃった。そうなんです。みんなのことがすごい好きなので、みんなの近況、あたしからみた視点で、書きます。

まつだ⇒よく涎を出す
ゆかりん⇒ハンティストだし、服がかわいい
ちあきちゃん⇒今日ラムネくれたから、大すき
ひんがし⇒最近あたしに厳格な態度をとる
がんちゃん⇒天才
とりさん⇒いっしょに飲みに行きたいのです 
なべくん⇒通しの日イケメンだった
江頭さん⇒やっぱり、なんていうか、やっぱり、その、かっこいいですし、おもしろい

そうなんです。
あとすごいとてもうれしかったことです。この間ラウンジの前で作業してたら、敬愛する四回生のサブレさんからコーヒーを、スタッフでちょうお世話になっているまなえさんからほっとももとドーナツを、いただいたんです。ありがとうございました!!ほんとうに、もう、めちゃくちゃです。

じゃあ、ねます。

の前に、次は、ええと、うんと、まつだの指示通り・・・今回オペをしてくださる江頭さんにお願いしたいと思います!
0時を過ぎて。はじめまして
2010年11月19日 (金) | 編集 |
今起きました。
体調不良故、七時頃帰ってすぐ寝たらこれです。
ブログ書いたらまた寝ます。

はじめまして。三沢と言います。
お芝居をするときは「鳥」という名前で出させて頂いてます。
今回の新人公演は、手伝いという中途半端な立ち位置です。
許してください。

お芝居への愛は尽きませんがいかんせん眠いし、携帯で長文はきついです。
家にパソコン通信のあれができたらちゃんとブログ書くので許してください。
代わりに私と共に京都の冬を戦う仲間を紹介します。
初任給で買ったよ!

携帯では、画像を載せることすらままならないです。
では、おっさんちゃんに次を託します。
百五十万円と猫
2010年11月16日 (火) | 編集 |
こんばんは。これまでキワモノ感が強い役ばかりやりすぎて、シリアスな芝居が全くできない松田と申します。

最近は、スーパーマリオギャラクシー2ばかりやっております。あのゲームは本当に名作ですね。ぼくはゲームが本当に好きだったんだなっていうことを思い出させてくれます。それにマリオはスーパーマリオコレクションからやってますので、思い入れはなおさらです。

稽古の方は久しぶりに皆が揃いまして、非常ににぎやかにやっております。このにぎやかな雰囲気のまま突っ走っていきたいですね。

では、次は社会人新人の三沢さんに回します~


役者は度胸であるのだ
2010年11月16日 (火) | 編集 |
どうも、うじみやこです。
さっき動画を観ていたら、イヤホンがちゃんとささってなくて、あんた!大音量!いま深夜!と母に激怒されました。
よく電車でそういう人がいて、イタいなーと思ってたのに、意外に気づかないもんなんですねぇ...


そうそう、最近目に見えてカップルが増加していると思うのはわたしだけですか。
クリスマスにむけてってそういうことですか。
さむいから手つなごうかーとか、そういうことですか。
けっ。
あ、すいません。

今週の誕生日、今ほしいものは色気です。


あ、稽古ですね。
ちょくちょく体調不良者がでてきているので、心配ではありますが、とりあえず体調悪い人は稽古休んでゆっくりして、復帰してから死ぬほどがんばってください!
それと今日、音響オペをやってくれる江頭さんがきてくれはりました。
今日もかっこよかったです。
ダメだし的確です。
いえい。

では次は、考えてきたはいいものの、もう恥ずかしくて言えないような演出を、半年ぶんくらいの勇気をふりしぼって言ってみたら、サラっとやってくれた松田くんにお願いします。


宇宙計画から、そして
2010年11月14日 (日) | 編集 |
ごきげんよう。今回スタッフ参加の木野誠太郎です。

読んだはずの前の記事に次の書き手が書かれてなく、さっき気づきました。びっくりです。

唐突ですが、何より残酷な劇は何か、という問いかけを、僕は用意してみました。
答えははじめから用意されています。
その問に至るまでの経緯と、僕と演劇の馴れ初めについて語ろうと思います。

僕は高校時代に文芸部とラグビー部に入っていたのですが、一年の秋に創作活動に専念したくなりラグビー部を辞めました。そして文芸部で活動していました。文芸部は全国区での成績を残していて、コンクールでも俳句や短歌など様々な分野の作品を作っていました。

そんな中、脚本を書くことにも挑戦したくなり、僕は演劇部に脚本を書くために入部したのです。

脚本を書くという名目で入部したはよかったものの、活動に関わるうちになぜかスタッフの作業を手伝ったり役者をやったりと、紆余曲折を経てここに至ります。

初めて書いた脚本は『ぼくとわたしの宇宙計画』という、いわゆる青春群像SFで、いかにも高校演劇らしい、それでいてSFの要素を取り入れた感じの作品なのですが、文化祭の時間の制約で相当作品を短く直しました。

僕がその作品を書いたときの感覚は今でも覚えています。
書いていくにつれ高まっていく高揚感。書き上げたあとの達成感、そして喪失感。どれも素晴らしいものでした。
登場人物が僕に語りかけてくるようにセリフが紡がれ、展開は進んでいく。
その作品は僕の歪んだ青春を投影しつつも、ハッピーエンドにて緞帳が降りる作品でした。

今、僕は地元に帰省しています。
高校の演劇部の後輩が県大会に出場したとのことで、急遽決めたことです。

そして、舞台上の彼らは輝いていました。
おそらく、高校時代の僕か、それ以上に。
つたない劇だったけれど、それでも僕よりずっと上手く作れていました。

僕は今、僕の青春が風化しつつあることに恐怖と哀惜の念を覚えます。
そして、最も残酷な劇は、グロテスクな趣向を凝らしたものではなく、青春を描いたものだと気付かされました。
ほとばしる青春時代に僕は立ち返ることができません。
時間は逆行せず、伝えたいことを伝えられないままに、大人たちの演劇へと足を踏み入れていきます。


僕は本公演の作品に、スタッフとしてしか関わっていないのですが、演出の松田くんや上田さんが、僕の求めている、青春を彷彿とさせるような、ひたむきな作品づくりをしてくれると信じています。そして実際にやってくれると思います。

今回の上演作品のうち、ひとつが創作脚本で、ひとつは小説から書き起こしたものなので、期待せざるを得ないでしょう。

そして残った表題作『改札口』も上演することが早くに決まった作品なので準備万端です。

僕の演劇は今、ロスタイムに入っています。
僕の演劇は高校の引退公演で本当は終わっているはずでした。
しかし、引退公演は僕にとって納得のいかないものだったので、もう一度だけ、悔いの残らないようにやろうと思って、今、脚本を書いています。

以前の心を取り戻して書いているそれは、皮肉にも、青春をテーマとしています。
もし、以前のように、書くことができたのなら、僕はやりたい。そう思います。

長くなりましたが、次はブログリレー2周目、上田さんに回します。

読んでくださりありがとうございました。
それでは失礼。
パイナップル
2010年11月11日 (木) | 編集 |
どうも。東大将です。

新人公演とは思ったより大変なものです。
自分の演技力の低さを味わい続ける稽古中です。
しかし、演出を兼ねる松田や上田さんに比べれば全く楽なものです。役者だけやっていればいいというのはこれかなり幸せです。
2人の求める演技が出来るように邁進致します。



何か演劇初体験とかいろいろなことを語る流れっぽいので、自分も滔々と語ってやろうと思います。


自分の演劇初体験は恐らく、高校3年のことです。
自分の高校には、9月上旬に3日間に渡って行われる文化祭の中の最終日は、3年生が1クラスずつで『野外劇』を行うと言う決まりがありました。
すなわち、まだ暑さの残る運動場に全校生徒が椅子を並べ、その前で3年全9クラスが順に自分達の作品を上演していく、というものです。
これが、自分が始めて演劇をやった経験だと思います。



はっきりいってかなりぶっ飛んだ行事です。地域的に京都のそれよりは劣るとしてもやはり夏休みが終わったばかりの暑さの中、日光がダイレクトに当たる運動場に椅子を並べて一日中観劇するのです。
体力がある程度ついている、高校生という世代とはいえ、ギリギリな行為です。


しかし真に厳しいのは上演する3年です。
曲がりなりにも自分の母校は県下トップの進学校でした。旧帝大志望者と地元の国立大学の志望者が大半を占める状況において、夏休みという貴重な時間の何割かをこの行事に割かなくてはなりません。

もちろん脚本、衣装、舞台、音響、全て自分達で一から作ります。
ほぼ全員が未経験、教えてくれる先輩も皆無という状況下です。

何でこんな行事があるのか、多分3年の殆どが、納得しないまま何と無しに卒業したと思います。



まず脚本が難儀なものだったと覚えています。
何せ、全9クラスとはいえ、日の高いうちに全ての上演を終わらせなくてはならないので、1クラスあたりに与えられる上演時間は25分
この時間内に、40人前後のクラス全員に台詞を与えて、出演させなくてはなりません。凄まじい密度とスピードです。たとえ自分達が演った脚本でも、今見ると多分おいていかれることでしょう。
自分は脚本ではなかったですが、このときに脚本を書いていたクラスメイトを尊敬します。


次に妙ちくりんだったのは音響です。
というのも、だだっ広い運動場でやる都合上、この野外劇は役者が発声することが無かったからです。BGM、SE、台詞の全てを音響で流すことになるのです。ヒーローショー状態です。
すなわち、脚本の都合上、40人の台詞を全て録音しなくてはなりません
学校の放送室を9クラスで交互に使い、暑っ苦しい六畳ほどののスペースに閉じこもって1人1人録音しました。
自分はこの音響でした。あのときの放送室は、酸欠を起こしても仕方ない状態だったと記憶しています。
声が大きい人・小さい人、様々でしたが、その台詞は広い運動場に響かせなくてはなりませんから、いちいち音量を調整していたと思います。


舞台も今考えると珍妙です。
大道具の一切はありません。上演スペースの後ろを、高さ4m・幅6m程度の壁が3枚、ちょうど「Л」のような、野球のバックフェンスのような形で覆っていました。
この壁に、何枚も模造紙を繋ぎ合わせたシートに背景を手で書いたものを下げて、舞台を表すのです。
海だったり公園だったり学校だったり、いろいろでした。
壁の上には足場があります。場面転換の際には、そのシートがガサッと落ち、足場の上に何人もいる手伝いの1年生が、丸めてあった次のシートを下げるのです。
同じ背景を2度使うときは、1回目の場面転換で落ちたシートを背景壁の裏=舞台裏へ回収して急いで丸め、再びその足場の上へ持ち上げます。
破かないようにガムテープで裏を何度も補強したシートを、丁寧に且つすばやく操作していました。
あんな場面転換はもう2度と体験しないと思います。



文化祭手前の1週間が準備期間でしたが、音響は夏休みの間から作業を開始していました。そして、それでも終了しませんでした。
友人の家に泊まって徹夜で作業していたのを覚えています。今となってはどうということもない作業ですが、高校のときの自分には、友達の家に泊り込むというのは鮮烈な経験でした。


この公演での自分の台詞は今でも覚えています。

「パイナップルかよ! もうええわ!」

この一言です。

今回の新人公演では、初めて大量の台詞を頂きました。短編の登場人物のそれでも「大量」と言えるのは、今まで自分が刹那的な役柄ばかり演じてきたからです。
ふんどしと言うビジュアルだけで押し切った役、生尻を出して押し切った役……。いずれも、1ページに満たない台詞量だったと思います。

しかしそれらを上回る儚い役でした。野外劇で演じた役は。
この台詞が脚本の中で一体どんな意味を持っていたのかわかりません。
まあ、40人の中でもトップクラスに意味の無い役だったんじゃないかと思います。
この台詞が重要な脚本だったら、それもそれで喜べないです。





で、別にこの野外劇で演劇に目覚めたと言うわけではなく、
浪人中にDVDで見た劇団☆新感線の「レッツゴー忍法帖」の阿部サダヲと橋本じゅんの演技に影響されて、演劇をしたいとか思うようになったんだと思います。
観客をアドリブでいじる阿部サダヲに爆笑しました。

いや、どうだったかな。確か入学した当初は熱心に合唱サークルを見に行っていたし。
ということは特に演劇に目覚めていたわけでもなかったのかな。
現に今、自分はアニメーショ・ヴォイス研究会というヲタサークルにも入っているし。

あ、5月の新歓公演「熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング」があった。あれか。
あの公演を見て、Qに入ることを決心したんでした。そうでした。

……あれ。でも確か最初は同志社小劇場さんに入ろうとしていた気がする。



いやいや、もう結構。重要なのはこの新人公演!
何としても成功させます。
どうぞお楽しみに。


まあ、綺麗にまとまったわ! 流石だわ! 誰か私を誉めて!

……まとまってないわ! 次に書く人の指名忘れてたわ!
次は舞台監督の木野誠太郎にお願いするわ!
プリン食べたい。
2010年11月10日 (水) | 編集 |
がんちゃんの文章にひとしきりウケた後、更新をさぼっていました。キャッスルランドです(>_<)


なんか初体験について書いたら良いのか、ゆかいな卒業旅行について書いたら良いのか分かりませんが頑張って書きます。演出の松田君が『おもしろかったら何書いてもいいんじゃない?』なんて言うので逆に書きにくいです(笑)。


私が演劇をやってみたいなと思ったのは中3の頃です。文化祭のミュージカルに何故か出ることになってしまい、典型的なイジメっ子の役をやったんですが全然楽しくなかったんです。話を簡単に説明すると、クラスメートをいじめ、他の友達からいじめた相手の辛い過去を聞かされ落ち込み(ここで反省の歌を歌う)次の日土下座で謝るって感じです。台本はしっかりしていて曲もきれいなメロディーなのに、何故か楽しくなかったんです。考えられる理由は①イジメっ子はなかなか辛い②楽しい群舞の場面で何故か私は伴奏③歌の稽古で何故か泣かされる といったことが挙げられるんですが、どれも決定打にならない‥。

よく分からんけど舞台って多分もっと楽しいもんやろ!楽しいはずや!と、これまた何故か思い、いつかまたお芝居をしてみたい!なんで楽しくなかったのか知りたい!と思い中学を卒業しかれこれ3年以上。予備校の友達に誘われたQで今楽しくやっとります!中3の時に楽しくなかった理由は未だに分かりませんが、そんなんどーでもよくなるくらい楽しくやっとります!


なんか意味分からん文章になりましたが、上記のような理由で演劇をやっていて、そして毎日楽しすぎて困っているのは事実です。

練習も2週目に入りこみました!頑張りますo(^-^)o


次は東大将でお願いします。

初めまして
2010年11月07日 (日) | 編集 |
初めまして、今回の公演からQに入団しました岩村篤志です。Qの皆さんからはガンちゃんと呼ばれています。

10月の中頃から見学させていだだいたのですが、引退公演の稽古真っ最中という最も忙しい時期にほぼ毎日お邪魔してしまい本当にご迷惑をおかけしました。にもかかわらず暖かく迎えて下さった皆様には感謝しています。

さて、僕も前の方々に続いて演劇について書こうと思ったのですがあまりに内容が薄っぺらなので僕が高校時代に友達と行った東京旅行で印象に残ったことを話していきたいと思います。

あれは高校3年生の春休みのことでした。すべての志望大学から不合格通知を受け取り、「卒業旅行なんかに行ってる場合じゃないぞ!」と予備校の説明会で言われたにも関わらず、テニス部の友人たちと共に夜行バスで東京にいきました。

東京に来たのは初めてではなかったのですが、洗練された都会の雰囲気に一瞬で虜になりました。
そして驚いたのは外国人の多さ、建物の大きさでした。山手線に乗っていると2~3駅ごとに梅田級の都市があるなんて本当に信じ難い光景でした。

そして一番驚いたことは電車の乗り降りのときに降りる人を優先していることです。
これは当たり前のことですが、大阪では通用しません。ほとんどの人が降りる人とほぼ同時に電車に乗り込みます。

またエスカレータは東京や京都では右を急ぐ人のために開けますが、大阪は逆です。そして大阪の人はエスカレータ動く階段のように考えていて、段差を登りながら上がっていきますが、東京や京都の人は段差の上でじっとしています。

そういった東西の文化の違いを感じながら早朝の山手線に乗っていた僕にちょっとした事件が起きました。
駅名を忘れてしまったのですが人の乗り降りの多い駅で電車が止まりました。

ご存じの方もいらしゃるかもしれませんが、早朝、ラッシュ時の山手線は1分おきに電車がきます。
当然のことながら、停車時間は非常に短いわけです。
にも関わらず、前述したようにみんな多くの人が降りるのを待っているわけです。

その最後尾にイギリス人っぽい紳士(独断ですが)が大きなリュックを背負って律儀に並んでいました。
やがて発車のベルが鳴り始めて皆が早足で電車に乗り込んできました。

そのイギリス人も急いで乗り込もうとしたのですが、なんとリュックがドアに挟まれてしまったのです。
不幸なことに、車掌さんや駅員さんがそのことに気づいていないみたいでドアが開くことはありませんでした。
このまま発車してしまうんじゃないかと思ったその瞬間、



「フーン」

そのイギリス人男性は野太い声を出しながら、自分の二の腕をドアに挟み込みこじ開けました。
無事に車内に入り込んだ男性は、周りの乗客が驚いているのを見てカタコトな日本語でこう言いました。


「スミマセーン」

「さすがイギリスの紳士!」と思ったのと同時にその光景を1メートルもない至近距離で見ていた僕は笑いをこらえるのに必死でした。

この旅行では、東京タワー、浅草、秋葉原、上野、お台場などの有名スポットを巡りましたが、この出来事が1番印象に残っています。(友人Fが「汐留」のことを「タル」と読んだのもおもしろかったなぁ・・・)

ちなみに浅草寺で僕は合格祈願をしましたが、友人Aは「世界平和」を祈りました。 壮大だなぁ・・・

話は変わりますが、かきうちさんがUFO焼きそばのキャベツについて書かれてましたが、僕が許せないのがもう1つあります。

「カップヌードルの底についてるバーコード、あれってビニールと一緒に剥がれるからふたできねーじゃん!」

以上です。長々とわけのわからないことを書いてしまいました。orz

今度は演劇のことについてちゃんと話せるように稽古を頑張りたいと思います。

次は、千晶ちゃんにお願いしたいと思います。
なぜオレはあんな無駄な時間を
2010年11月07日 (日) | 編集 |

こんにちわ。おっさんことかきうちです。
今夜は演出さん御二方が『僕の私の(演劇)初体験』を赤裸々に語っておられるので、せっかくですからわたしも便乗して語ってみようと思います。

わたしが初めて演劇を見たのは高校一年生の時でした。高校一年生と言えば、第一志望の公立高校に胸躍らせ入学した矢先、中学時代の部活の先輩にほとんど詐欺のように剣道部にひきずりこまれ、ナチス支配下のドイツ若しくは第三帝国のような世界で奴隷生活を送っていたころです。顧問と言う名のヒットラー、先輩と言う名の親衛隊・・・軍人フェチにはたまらん茶番劇だぜと思いこもうとしながらも愚かなわたしはそこまでポジティブにもなりきれず、竹刀片手に泣き明かした夜も一夜ならず二夜三夜。一か月に二度めぐってくる戦士の休息日(オフ)はなにものにも触れずただ部屋に閉じこもり昏々と眠るだけ、刺戟のかけらも感じられないような不毛な日々でした。

しかし、その生活にある衝撃の刃がそそがれました。

そう、あれは暑い夏の日でした。三十五度を超えるサウナのような道場で、全身を紺の分厚い胴着で包み、さらにその上から防具をつけて暴れまわるという不条理極まりない夏の狂宴をこなした後、燦々と降り注ぐ日差しの中を、えっちらおっちら、汗だくのカッターシャツにボロボロの下着が透けるのにも構わず、わたしはようやく家へ辿り着きました。すると玄関からなにやらいいにおいがするではありませんか。消化液が悲鳴を上げるほど空っぽになった胃の逆鱗を逆撫でするような、溽暑によって渇ききった口内が唾液でたっぷりと潤うような、それこそたまらなく芳醇な香りです。よく考えると、その時時刻は二時半をすこし回ったころでした。昼飯にはちょうどよい時間だったのです。

「この先に飯がある!」・・・わたしは捕食者の目を光らせてリビングのある二階への階段を駆け上がり、テーブルの上で生贄に甘んずるインカの乙女のようにひっそりとわたしを待ちうける昼食の前に躍り出ました。そこにあったのは、果たしてイカ飯でした。イカ飯と対峙したわたしは、母の言うおかえりの言葉も聞こえず、床に足の根が伸びたように硬直して立ちつくしていました。額から流れ落ちる汗が睫毛をこぼれおち、わたしの視界を濡らしていました。リビングの中央に設置された猫を模した玩具のついた時計が、チック、タック、とわたしのはげしい脈拍と同調するように鳴っていたのを、今も鼓膜に覚えています。普段のわたしなら、地位も名誉も何もかもかなぐり捨てて、イカ飯に飛びつき、貪り喰ったでしょう。

しかし、わたしはその一瞬間のうちに、そのイカの悲劇を知ったのです。

確かに、母は汗水流して働いた金でイカを購入し、腹をすかせた娘のために、やむなくそれを調理したのでしょう。その是非はわたしには問うことができませんが、今までに誰か一人でもイカの立場に立って考えた人間はいるでしょうか?自分の意志とは無関係に産み落とされ、それも自身のさだめと知ってか知らずか、真摯に過酷な海を生きていたこのイカ。それが突然、肌色をした不気味な生物にとらえられたかと思うと、使い捨ての生理用ナプキンよりも軽々しく無残に殺され、安物のトレーに見知らぬ他イカとともに詰め込まれ、白い蛍光灯の下にさらされた挙句、あろうことか内臓とともに足を引き抜かれ、そこへイカとは全く違う環境で育てられた、異物ともいえるコメを詰め込まれたのです。その悲劇をわたしたちはシェイクスピアのロミオとジュリエットのそれにたとえることはできません。三井寿が陵南戦で二年間のブランクを嘆くそれにたとえるこはできません。そのわれわれの想像を絶する深い絶望、挫折、苦悩!・・・打ちひしがれたわたしはいつの間にか箸を持ち、静かにその悲劇の味をかみしめていました。それはイカの味ではありません。コメの味でもありません。わたしは心臓を握りつぶされるような痛みを持って、イカ飯という、ひとつの精神的なかなしみの血肉を完全に食べ終えました。

それが、幼すぎたわたしにとって、劇的なものとの初めての対面となりました。

それから一週間か一カ月か、あいまいな記憶になりますが、とある凄腕演出家の芝居を観に行きました。そしたらはまって、演劇がしたくなって、さらに部活が嫌になりました。


そして今。
三年の時を経て、ついにわたしは念願の演劇サークルに入ったのです!たのしいです!わあーい!

さて、松田君がセンスのある文章などというので緊張してしまいました。
ところで、イカ朗報です。違った、以下朗報です。そうです。またまたQにあたらしくゆかいな仲間が増えたのです。詳細は追々分かっていくことでしょう。しかしまあ、こんなに濃いメンバーが集まるってすごいですね。わたし、埋没する。やばい。

ではお次は、鞄にボックスティッシュを常備している新団員岩村君ことがんちゃん、そうです、あの、UFO(焼そば)の甘いキャベツが許せない新団員岩村君ことがんちゃんにお願いしたいと思います!
京都の冬寒っ
2010年11月05日 (金) | 編集 |
どうも。もう一方の演出の松田です。上田さんの文章に影響されて、ちょっと青臭い話を。

僕はもともと演劇には全く興味がなくて、テレビで俳優が舞台の告知とかしているときに、どうして映画やドラマのほうが面白いだろうし金も入るだろうに、舞台なんかやるんだろうとおもってました。

そんなわけで、初めて見た芝居はQの新歓公演である熱海殺人事件でした。見に行ったのは、気まぐれと、無料だったからです。ただ、そこで見たものは、僕の演劇に対するイメージを全く覆すものでした。キャンディ伊藤の圧倒的な男の色気、ハルさんのキレまくりの動き、喉をつぶしながら必死にしゃべるもりさん、これはもう飛び道具だろうという近井さんのバイオリンさばき。一歩間違えば芝居自体が成立しないんじゃないかと思うような強烈な危うさ、生っぽさがホール中に充満していて、役者陣が全力でぶつかりあい、その熱気が観客まで巻き込んでいるように僕には思えました。特に、キャンディさんが近いさんの顔をバラの花で何度もたたく場面は、全身がカーっと熱くなるのを感じました。そして、観終わった後には、言葉では説明できないような感情がわだかまっていました。

あの異様な空間を作った四人の役者は引退してしまいましたが、僕はあのとき感じた危うさ、ヤバさを観た人に感じてもらえる芝居を作りたいと思っています。

駄文を長々と書いて申し訳ありません。次はおっさんにもっとセンスのある文章を書いてもらいます!
すちゃらかちゃー
2010年11月04日 (木) | 編集 |
どうも、うじみや子です!
レポート煮詰まってきたんで、ブログに逃げてます。


新人公演、始動です。
今回、新入団員のがんちゃんも参加してくれ、うれしいです。
がんちゃんは近頃クリスピークリームドーナツが気になっているそうです。


今回演出のかたわれをすることになりました。
うへへ。
自分のような適当なやつにつとまるのか、不安ではありますが、それ以上に稽古場の楽しさが勝っています。


わたしは高校演劇出身なんですが、(自分が悪いのですが)あんまりいい思い出ないんです。
しかし部を引退した3年の春、ひとりでとある劇団の芝居をふらりと見に行きました。
それに心臓もみくちゃにされ、意味もなく発熱し、見終わったあと四条通りを行きかう人々を見て、君らみんなさっきのお芝居を観てないなんて、あほな! と思ったあのときが、わたしの演劇初体験やと思うのです。
そういうお芝居がしたいんです。


がんばりますので、先輩方、もしお時間がありましたら、通しや練習を見に来ていただき、ビシバシダメだしをいただけると嬉しいです...!


ではでは。つぎは松田君です^^