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同志社大学を中心に活動する学生劇団、演劇集団Qの日記
パイナップル
2010年11月11日 (木) | 編集 |
どうも。東大将です。

新人公演とは思ったより大変なものです。
自分の演技力の低さを味わい続ける稽古中です。
しかし、演出を兼ねる松田や上田さんに比べれば全く楽なものです。役者だけやっていればいいというのはこれかなり幸せです。
2人の求める演技が出来るように邁進致します。



何か演劇初体験とかいろいろなことを語る流れっぽいので、自分も滔々と語ってやろうと思います。


自分の演劇初体験は恐らく、高校3年のことです。
自分の高校には、9月上旬に3日間に渡って行われる文化祭の中の最終日は、3年生が1クラスずつで『野外劇』を行うと言う決まりがありました。
すなわち、まだ暑さの残る運動場に全校生徒が椅子を並べ、その前で3年全9クラスが順に自分達の作品を上演していく、というものです。
これが、自分が始めて演劇をやった経験だと思います。



はっきりいってかなりぶっ飛んだ行事です。地域的に京都のそれよりは劣るとしてもやはり夏休みが終わったばかりの暑さの中、日光がダイレクトに当たる運動場に椅子を並べて一日中観劇するのです。
体力がある程度ついている、高校生という世代とはいえ、ギリギリな行為です。


しかし真に厳しいのは上演する3年です。
曲がりなりにも自分の母校は県下トップの進学校でした。旧帝大志望者と地元の国立大学の志望者が大半を占める状況において、夏休みという貴重な時間の何割かをこの行事に割かなくてはなりません。

もちろん脚本、衣装、舞台、音響、全て自分達で一から作ります。
ほぼ全員が未経験、教えてくれる先輩も皆無という状況下です。

何でこんな行事があるのか、多分3年の殆どが、納得しないまま何と無しに卒業したと思います。



まず脚本が難儀なものだったと覚えています。
何せ、全9クラスとはいえ、日の高いうちに全ての上演を終わらせなくてはならないので、1クラスあたりに与えられる上演時間は25分
この時間内に、40人前後のクラス全員に台詞を与えて、出演させなくてはなりません。凄まじい密度とスピードです。たとえ自分達が演った脚本でも、今見ると多分おいていかれることでしょう。
自分は脚本ではなかったですが、このときに脚本を書いていたクラスメイトを尊敬します。


次に妙ちくりんだったのは音響です。
というのも、だだっ広い運動場でやる都合上、この野外劇は役者が発声することが無かったからです。BGM、SE、台詞の全てを音響で流すことになるのです。ヒーローショー状態です。
すなわち、脚本の都合上、40人の台詞を全て録音しなくてはなりません
学校の放送室を9クラスで交互に使い、暑っ苦しい六畳ほどののスペースに閉じこもって1人1人録音しました。
自分はこの音響でした。あのときの放送室は、酸欠を起こしても仕方ない状態だったと記憶しています。
声が大きい人・小さい人、様々でしたが、その台詞は広い運動場に響かせなくてはなりませんから、いちいち音量を調整していたと思います。


舞台も今考えると珍妙です。
大道具の一切はありません。上演スペースの後ろを、高さ4m・幅6m程度の壁が3枚、ちょうど「Л」のような、野球のバックフェンスのような形で覆っていました。
この壁に、何枚も模造紙を繋ぎ合わせたシートに背景を手で書いたものを下げて、舞台を表すのです。
海だったり公園だったり学校だったり、いろいろでした。
壁の上には足場があります。場面転換の際には、そのシートがガサッと落ち、足場の上に何人もいる手伝いの1年生が、丸めてあった次のシートを下げるのです。
同じ背景を2度使うときは、1回目の場面転換で落ちたシートを背景壁の裏=舞台裏へ回収して急いで丸め、再びその足場の上へ持ち上げます。
破かないようにガムテープで裏を何度も補強したシートを、丁寧に且つすばやく操作していました。
あんな場面転換はもう2度と体験しないと思います。



文化祭手前の1週間が準備期間でしたが、音響は夏休みの間から作業を開始していました。そして、それでも終了しませんでした。
友人の家に泊まって徹夜で作業していたのを覚えています。今となってはどうということもない作業ですが、高校のときの自分には、友達の家に泊り込むというのは鮮烈な経験でした。


この公演での自分の台詞は今でも覚えています。

「パイナップルかよ! もうええわ!」

この一言です。

今回の新人公演では、初めて大量の台詞を頂きました。短編の登場人物のそれでも「大量」と言えるのは、今まで自分が刹那的な役柄ばかり演じてきたからです。
ふんどしと言うビジュアルだけで押し切った役、生尻を出して押し切った役……。いずれも、1ページに満たない台詞量だったと思います。

しかしそれらを上回る儚い役でした。野外劇で演じた役は。
この台詞が脚本の中で一体どんな意味を持っていたのかわかりません。
まあ、40人の中でもトップクラスに意味の無い役だったんじゃないかと思います。
この台詞が重要な脚本だったら、それもそれで喜べないです。





で、別にこの野外劇で演劇に目覚めたと言うわけではなく、
浪人中にDVDで見た劇団☆新感線の「レッツゴー忍法帖」の阿部サダヲと橋本じゅんの演技に影響されて、演劇をしたいとか思うようになったんだと思います。
観客をアドリブでいじる阿部サダヲに爆笑しました。

いや、どうだったかな。確か入学した当初は熱心に合唱サークルを見に行っていたし。
ということは特に演劇に目覚めていたわけでもなかったのかな。
現に今、自分はアニメーショ・ヴォイス研究会というヲタサークルにも入っているし。

あ、5月の新歓公演「熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング」があった。あれか。
あの公演を見て、Qに入ることを決心したんでした。そうでした。

……あれ。でも確か最初は同志社小劇場さんに入ろうとしていた気がする。



いやいや、もう結構。重要なのはこの新人公演!
何としても成功させます。
どうぞお楽しみに。


まあ、綺麗にまとまったわ! 流石だわ! 誰か私を誉めて!

……まとまってないわ! 次に書く人の指名忘れてたわ!
次は舞台監督の木野誠太郎にお願いするわ!
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