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同志社大学を中心に活動する学生劇団、演劇集団Qの日記
京都自殺防止センターから電話が来た。
2020年02月25日 (火) | 編集 |
数日前、京都自殺防止センターから電話が来た。今は死にたいと思ってないけど……。と思いながら電話に出た。「出して」とずっと女の人が繰り返していた。

母が「今日は帰ってくるのよね?」とラインを送ってきた。実家には数日前帰ったばかりである。帰省もそもそもココ最近はお盆とお正月だけだし、変だなと思った。「なんで?」と返すと既読がつかなかった。

DMがきた。インスタのDMだった。鍵垢からで、なぜ通知が来たのかも謎だった。開けてもメッセージがなく削除された形跡もない。何も送られていないDMがきた。

子供の頃遊んだ丘に久しぶりに行った。あまり近づくなと言われていた丘だったが僕はそこが好きだった。丘から山に入る裏道があって、そこから山は獣道である。そこに墓が立っていた。僕の名前が書いていた。

シュート中なので調光室にこもって舞台を見ていた。操作版をいじくっている最中にコンコンコンと階段を登る音がして、ギィと音が鳴った。きっと調光室のドアを開けて誰かが来たのだと思って振り返った。誰もいなかった。

何度消してもひとりでにつく灯体がある。

幕をなおしていたら、誰かが幕を押したのか手形が浮かび上がってきた。「いま幕直してるからやめて」と言うと舞台側から「ごめんね」と返ってきた。聞き覚えのない声で慌てて舞台側を確認したが誰もいなかった。

タンパク質の燃える匂い。

よくよく見ると、演出家の指が1本ない。

母が死んだらしかった。

過ぎ去る車窓の向こう側でずっと誰かが手を振っていて、僕はそれを見つめていて、車内には誰もいなくて。

山登りをしよう、と小学校時代の友人から誘われたので軽い登山に出かけた。山中でとても険しい道があって、ひぃひぃ言いながら登っていると彼が突然「お前は忘れないよな」と言い残してから消えた。

濃い霧から出られない。


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罪を告白します-懺悔-
2020年02月19日 (水) | 編集 |
今日携帯を持ってくるのを忘れた
確かにないんだけど、じゃあ何故今このブログを執筆できてるのか私にもわかりません。

私の罪はいつも物事を忘れることです
道具でもあり概念でもあります。

何かしら絶対忘れます

多分きっと明日は私の存在も忘れていくことでしょう


あーあ
先週行きずりの男性とそういうことした。
2020年02月18日 (火) | 編集 |
 先週マッチングアプリを使い初めまして。昨日だったかな?(一昨日かも)出会ったゆきずりの男性といわゆるそういうことをしましたが、大人にはなれませんでした。

小学校頃先生から聞いた、賢い猫は赤子の泣き真似をして誘き寄せた人間を喰らっているという話をずっと覚えていて、夜に猫の鳴き声を聞く度に本当にあれは赤子かもしれないと思います。

毎年5月4日は常に回り道をしているんですが、視線の先の男はいなくなりません。

夢は誰かに好きだよって言ってもらうことです。いつか誰かに言ってもらえるもんだと思って生きてきたんですが、結局そんな人は現れませんでした。

俯いたサラリーマンの行列とぶつかってから記憶が無い。

死の淵を見たことがあります。思ったよりパステルカラーで驚いたことを覚えています。そこにおじいちゃんはいませんでした。

人を殴ったことがあります。その時の感覚は酷く生々しく、缶ビールを飲む度に思い出し、二日酔いの気持ち悪さと共に思う存分吐き、あさり汁を飲む毎日です。あなたの隣に私はいますか?

いくら消しても死ねってDMがなくならない

奇跡を目の当たりにした人間は酸欠になる

親指の爪が伸びてきたので夜切ったらおばあちゃんが死にました。

目元が菅田将暉に似てるからいけるかなと思ったのはひどく短絡的でした。ベットに横たわった途端、彼がなんの前触れもなく私の足を舐め始めたあたりで冷めました。

前に、ユニバーサルスタジオのハロウィンに参加したら、出会うゾンビ出会うゾンビに「ご主人様がお待ちです」って言われたのは怖かったな。

あなたに向かって喋ってます。

毎月25日に出る漫画雑誌があって、それの連載が好きですが来月には廃刊になるらしいです。

100日後に死ぬワニってなんだよ、私だって死にたいです。

誰かと対立してしまった時はできるだけ深呼吸をしましょう。私はそれで5人殺しました。

愛も憎もあの方は全てまとめて受け入れてくださる、だから私はあの方の手となり足となり隣にいるのだ。それには上も下もなく、私の心そのものがそうなのである。私にとってあの方は、ただ1人の神だ。


あなたの
神は誰ですか?


参加者10人の脳味噌は美味い
2020年02月14日 (金) | 編集 |
ジーザス・クライスト・トリックスターでは筒井康隆という人間が妄想するところの、「もしかしたらこうなったかもしれない。」が描かれます。「こうだった」と「こうなったら」の巧妙な差異から驚きや笑いが生まれるのです。劇を見て、いつ間にか平行世界にはまり込んでしまったように感じる人もいるかもしれません。
ところが、我々は妄想の並行世界を上演するのではないというところから、創作を始めることになります。聖書-筒井康隆の戯曲-演劇集団Qの直列回路を組む過程が、序盤の稽古でした。

〇分析と情報収集
筒井康隆が聖書をどう料理したかを分析しました。料理というのはおそらく無限に作れます。
筒井がどの素材を選び、どう加工し、何の調味料を使って、どんな盛り付けをしたのか。果ては、どんなレシピを参考にしたのか。
参考にしたレシピは、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1971年ブロードウェイで初演)というロックミュージカルでしょうか。

1.素材
素材は、言わずもがな聖書です。旧約聖書と新約聖書、全てを学んだとはとても言いきれませんが、概論を皆で学びました。聖書を教科書として、参考書、資料集、映像授業、受験の講義録など使えるものは全て机の上に広げて、10人全員が勉強しました。今公演から新しく稽古場の壁に設置したホワイトボードは既に黒ずんでいます。
結局、6週間の稽古のうち、最初の2週間は、全く演劇をすることなく過ぎてしまいました。少し焦ったのも事実ですが、この勉強が後になって生きてくることを皆信じ、勉強しなければ薄っぺらい演劇になるという恐怖も持ちつつ、踏んることができました。

2.加工
素材の加工については、戯曲に出てくる全ての文や単語を徹底的に調べ、出典をあたりました。ほとんど、新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書が出典でした。出典を当たることで、出典が改変されていたり、出典がない部分は筒井康隆のオリジナルということが分かります。

3.調味料
調味料は演劇で言うと、おもしろみ=旨みの部分です。『ジーザス・クライスト・トリックスター』は初演が1982年ですので、そのおもしろは、当時の空気感や時事ネタを知っている必要があります。それらも調べ上げました。

4.盛り付け
上演記録が映像として残っていないので、盛り付けは想像します。演劇的な部分です。

〇解釈
タイムマシンに乗って2000年遡ります。その動力源は、ひとつに繋がれた参加者10人の脳と演劇の身体です。脳の中で具現化したタイムマシンに乗るとも言えます。戯曲を紐解いて作った筒井康隆オリジナルレシピを見ながら、西暦0年前後のキッチンで、オリジナルクッキングがスタートするわけです。

包丁で切れという命令が脳から伝わります。我々の脳には、2020年までの「人間と出来事と空気」が詰め込まれています。手に、包丁に、食材に、それらが順に伝わります。料理の完成はまだまだ遠いです。6週間しかありませんので、作った料理を再びタイムマシンに乗って、急いで持って帰ってきます。

稽古は味見の繰り返しです。

2020年同志社大学新町別館小ホールで食べてみてください。笑いの毒が入っているかもしれません。

文:本田哲男