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同志社大学を中心に活動する学生劇団、演劇集団Qの日記
忘却編 最終章
2011年06月29日 (水) | 編集 |
まずは、六月公演「犀」。観劇してくださった皆様、本当にありがとうございました。

いきなり最終章です。
ずっと前、さらちゃん、ぽよよちゃんに、「きょんちゃんもブログ書いてよー」っていわれてたんですが、精神的に無理でした。もういっぱいいっぱいでした。ごめんなさい。
公演が終わり、ようやくおちついたので、書きます。でもって言いたいことが山ほどあります。時間があるときにお付き合いください。

もうすぐ、演劇を始めて10年になります。そんなに演っててその程度の演技力なのか、という点にはとりあえず今は触れないでいただきたい。
私がいつも大事にしていることは、演技力がどう、とか、そんなことよりもまず、
「お客様がどう感じるか」、に尽きます。
それを意識すれば、作品も自然とよくなる。そんな気さえするのです。
そういった意味で、新歓公演「友達」は圧倒的でした。私個人の話になりますが、
いままでにも、素人演劇からプロの演劇まで数多くの舞台を観劇してきました。しかしながら、あんなにも、自分の持つ感情のいろいろな部分が揺さぶられたのは初めてでした。
決して純粋な喜劇ではない、でもオモシロイ。観劇後のあの興奮は未だに忘れられません。
客側として、Qの舞台に絶対の信頼感を抱いたあの日から、早二か月。舞台人として、なんと私はQの舞台に立っている。お客様の抱くQへの信頼を背負って立つ立場にいま私はいる。大袈裟でしょうか。否、そのぐらいの気持ちでいないと、やはりいけないのだ、と私は思うのです。

ではなぜ、演劇なのか。ひとに、「演技力があるね」と褒められたことなどない私が、なぜ10年も演劇を続けているのか。
答えは単純、好きだから。好きだからです。演技力なんかなくたって、褒められなくたって、仲間と一緒に作品を作り上げていく毎日の稽古が楽しくて、観に来てくださったかたが「よかったよ」って言ってくださるのがうれしくて、なにより、明らかな役割を与えられていることによって、自分の存在を確かに実感できる、だから大好きで、大好きで仕方がないんです。

そして大学生活、私がそれを委ねたのはほかのどの劇団でもなくQです。
毎日の稽古は本当に楽しい。「友達」に出演なさっていた憧れの先輩方と同じ舞台に立つことができるのは幸せでした。

六月公演「犀」。今までにない役、台詞まわし。大根すぎる私の演技に、演出ゆかりさんをはじめ、多くの方にご迷惑をおかけしました。本当にすみません。
でも、本番を終えて私は、「練習ではもっとうまいことやれてたのに」とか、「今の私はこんなもんじゃないはず」とは思いたくないのです。

そして、今回。

自信を持って言えます。

「今の私にできることはすべてやった。」と。

私にとっては、確かに難しかった。
メインキャストである江頭さんや菊池君とのレベルの差を痛感するたび、
逃げたくもなりました。ほかの人が演じたほうが、もっと円滑に稽古が進んだのでは?と
思ったことも何度もあった。

でも、いま、「デイジイ」という責任を負うのを任されたのは
ほかの誰でもなく私なのだ。
逃げてどうする。だれもフォローなどしてくれない。

なにより、お客さんに喜んでほしい、
そして
ゆかりさんの笑顔が見たい。


デイジイに向き合う覚悟ができた瞬間
そんなおもいがこみ上げてきまして。

練習、練習、そして
本番。

本当に気持ちよかった。
楽しくてしかたありませんでした。

みんなで支え合って、創り上げた、

素晴らしい公演になったと思います。




個人的には、課題もたくさん見えました。
まず、声が出ていない。致命的です。
そして、華がない。

そのほかにも、まだまだたくさんあります。

そして、そのなかには、

デイジイ役でなければ見えてこなかっただろうと思われるものも
いっぱいありました。

これらの課題は、私の欠点としてではなく、
次回公演に向けての「のびしろ」として、前向きに受け止めようと思います。
まだまだ。これから。
結果的に
デイジイ役をやったことで、
勉強できたことは想像以上に多かった。
曲者、デイジイ。
でも私、そんなあなたが今では大好き。
ゆかりさん、私を選んでくださって、ありがとうございました。

この一か月、私は幸せでした。

京子~忘却編~
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